豆腐を評価しない豆腐マイスター──工藤詩織さんが語る「豆腐の文化」と「大豆の多様性」

豆腐を評価しない豆腐マイスター──工藤詩織さんが語る「豆腐の文化」と「大豆の多様性」

豆腐は、派手さはない。でも、気づけばいつも食卓にあり、年を重ねても寄り添ってくれる。豆腐マイスターの工藤詩織さんは、豆腐を「人生のパートナー」と呼ぶ。

評価やランキングの言葉から距離を取り、文化や歴史、作り手と食べ手のあいだに立つ。彼女は、豆腐の入口から大豆の奥へと分け入り、各地の品種とローカルフードとしての豆腐の面白さを語る。豆腐屋が減り続ける時代に、街の豆腐屋の味をどう残すのか──。

工藤さんの原体験から現在、そしてこれからを聞いた。

「豆腐は、安心感をくれる存在」

「豆腐って、刺激的なものではないんです。気分を高揚させるものというより、生涯を通じて寄り添ってもらっている安心感を感じる存在です」

工藤詩織さんが豆腐を語る言葉は、どこまでも静かだ。角が立たず、飾り気がなく、澄んでいる。だからこそ「心が洗われる感覚」があるという。価格の手頃さや健康イメージももちろんあるが、それ以上に、生活の時間軸のなかで“当たり前に居続ける”ことが豆腐の特別さなのだと。

「気がつくと、いつの間にか日常の中にあった食べ物でした。年齢を重ねても、きっとずっと口にしていく食べ物。人生のパートナーのような存在ですね。」

冷ややっこと、豆腐屋の豆乳──原体験がつくった“記憶”

豆腐への強い引力は、幼いころの小さな違和感から始まった。

「小学校の低学年のころ、毎日3食お米を食べることが軽い疑問になって。嫌いではないけど、ご飯より冷ややっこが好きだと気づいたんです。」

食卓の好みだけではない。工藤さんの豆腐の記憶を決定づけたのは、父が通っていた“街の豆腐屋”の存在だった。メタボリックシンドロームという言葉が広がり始めた頃、父は「食前に豆乳を飲むと予防になる」という情報を得て、朝、瓶を持って近所の豆腐店へ通っていた。

「朝起きると冷蔵庫に、絞りたての豆乳が入っていたんです。スーパーではなく、豆腐屋さんの搾りたての豆乳を飲んでいた体験は大きいですね」

ところが、その豆腐店は数年後に廃業する。小学校4、5年生頃のことだ。

「習慣だった“豆乳を買って飲む”が途切れたきっかけが、豆腐屋さんの廃業でした。スーパーの豆乳には置き換えられなくて、飲む頻度が下がってしまいました」

味だけでは説明できない。場所、行為、季節、家族の景色──そうしたものが折り重なって、豆腐の“記憶”として残っていく。

海外へ行く前に「日本の文化を語れる自分」でいたかった

豆腐マイスターになったのは、大学院1年、23歳の頃。動機は意外にも「海外」だった。
工藤さんは中高生の頃から食文化に関心が強く、大学では日本語教育を学んだ。海外で日本語教師として働く未来を思い描くなかで、気づいたことがある。

「日本語教師の仕事には、文法だけじゃなく、日本の文化を教える役割があるんです。海外に行くなら、言葉以上に文化を伝えられるスキルがあった方がいいなと思って」

異文化コミュニケーションの学部説明会で耳にした、ある先生の言葉も背中を押した。

「“グローバル”は英語ができることだけじゃなくて、日本の理解者を増やすことも大事なんだ、と。日本人って海外に憧れるけど、日本文化に誇りを持って発信する観点が薄いのでは、というアンチテーゼがあって。それなら自分にもできるかも、と思ったんです」

海外へ行く前に、まず“好きなもの”を深めよう。そこで見つけたのが豆腐マイスターという資格だった。

「狙っていなかった」からこそ広がった、豆腐の縁

資格取得後、工藤さんは豆腐マイスター認定講座の運営のサポートから活動を始める。本人は「新しい世界に飛び込むのが苦手」だと言う。

「代表が“気軽に手伝いに来て”って、ドアを半分開けてくれた感じだったんです。ボランティアみたいな気持ちで行ったのがスタートでした」

そこからは、紹介の連鎖。豆腐店と出会い、また別の豆腐店へ連れて行ってもらう。自分で店リストを作り“制覇”したことはない。自然に縁がつながり、人脈が広がっていった。

「何も願ってなかったし、狙ってなかった。頼まれたことをひたすら受けていった感じで、完全に受け身です」

豆腐マイスターの役割は、豆腐の理解者・応援者を増やすこと。作り手(豆腐職人は男性が多い)と、受け手(消費者は女性が多い)のねじれをつなぐ“間”に立つ。

「例えば、料理家の先生が資格を取ると、豆腐屋さんにはできないレシピ提案ができる。豆腐屋さんの世界と、消費者の世界の間を調合させていくのが豆腐マイスターの役割なのかなと思います」

「豆腐を評価する側には立ちたくない」──仕事のポリシー

工藤さんの活動を貫く強い軸がある。それは“評価しない”という態度だ。

「豆腐を評価する側には行きたくない、っていう信念があります」

きっかけは、バラエティ番組での経験。自分の紹介が編集によってランキングにされてしまった。

「それを機に、ランク付けをする企画には絶対出ないって決めました。SNSでも豆腐のレビューはしない。『一番好きな豆腐は何ですか』といった質問にも答えないです。」

父からの言葉も、胸に刺さっている。

「“豆腐屋さんがいなかったらお前の仕事はないんだよ”って。豆腐屋さんを評価して優劣をつけるなんて、ちょっとおこがましいと思ってます」

だから、工藤さんが語るのは“好み”ではなく“背景”だ。文化の多様性、歴史の深さ、職人の考え方の違い。あるいは子どもたちと豆腐作りをする体験。それらを通して「豆腐って奥深いよね、楽しいよね」を広げていく。

海外の豆腐は「代替品」──環境と健康が入口になる

留学や旅でさまざまな国を訪れた工藤さんは、海外の豆腐の受け止め方を“二つのパターン”で説明する。

一つは、現地に住むアジア人が持ち込む「アジアの豆腐」。もう一つは、現地の人が立ち上げる「現地ブランド」だ。ドイツで見学した豆腐工場は後者だった。

「捉え方が全然違って。ドイツでは豆腐は何かの代替品として作られていたんです。乳製品や肉の代替として、チーズのようにしたり、ソーセージ状にしたり、味を付けたり。スイーツにしたり。馴染みのない豆腐をどう食卓に上げるかがテーマなんだと教わりました。」

さらに背景にあるのが、環境意識と健康意識。

「ミートフリーマンデーのように、肉の代わりに大豆食品を摂ることが環境保全につながるという認識がある。日本は“環境のために豆腐を食べる”という意識はまだ薄いと思います」

同じ豆腐でも、文化と社会背景が変わると“役割”が変わっていく。

豆腐の奥にあるもの──「私、たぶん大豆が好きなんです」

話題が「豆腐と大豆の関係性」に移ると、工藤さんの言葉の熱量が少し上がった。

「私、たぶん大豆が好きなんです。だから個人的な入口は、完全に大豆なんですよね。気がつけば、あだ名も"まめちゃん”でした(笑)」

祖母が数種類の大豆をストックし、蒸し大豆を作って品種名を教えてくれた。そんな幼少期の記憶も大豆への愛着を育てた。

「大豆があったら生きていける、という自負があります。でも大豆って、ほとんどの場合、何かしらに加工されて食べられるものなので、そのままの魅力を消費者に伝えるのが難しい。だから豆腐が、大豆の魅力を誰かと分かち合うための”入口”になったんです」

各地の品種を集め、地図を作り、大豆の多様性を伝える。学生時代にはFacebookページ「まめちゃんのダイズバーシティ計画」まで運営していたという。

「日本の豆腐の魅力って、大豆のダイバーシティが根底にあると思うんです」

国が奨励する品種だけでなく、地域に受け継がれてきた在来種がある。福島の「香り豆」は畑から枝豆のような甘い香りがするという。そうした品種は、小規模な豆腐店が少ない生産量でも作り続けることで守られている側面がある。

「豆腐には、地域でしか流通してないものがたくさんある。ローカルフードとして、住んでる人にとっては当たり前の豆腐が、外の人には新鮮だったりする。食べ比べると面白いと思います

減り続ける豆腐屋。街の味を、どう残すのか

各地の大豆の品種を袋に分けて並べたコレクション
ニッポンお豆MAP

インタビューの終盤、工藤さんは“これから”について語った。大きな野望はないと言いながらも、危機感は確かにある。

「このままだと、お豆腐屋さんの減少は続いていく感覚があって。身近なお豆腐屋さんでも後継ぎがいない方がいますね」

世襲や家族経営が中心だった豆腐店は、時代の変化のなかで継承が難しくなっている。「息子に別の夢がある」「自分の代で閉じよう」という声も珍しくない。
工藤さんが模索するのは、豆腐店を“継げる新しい形”だ。

「私が職人になるというより、職人になりたい人が働ける仕組みを作りたい。豆腐屋さんになりたい人にとって、閉ざされてるように思える世界の扉を、もう少し開けられたら」

一方で、豆腐店が大規模化しにくい理由も、工藤さんは現場感覚で語る。珍しい大豆は生産量が限られている。丁寧な手作業にも限界がある。湯葉は20分に1枚しか引き上げられない。

「オートメーションに切り替えるか、手作りの世界観を守るか。究極の選択なんだと思います」

豆腐は、量産と引き換えに失われるものがある。だからこそ、町の豆腐店の味を残すには、単純なスケールの論理では語れない。

各地の大豆を並べたテーブルで語る豆腐マイスター・工藤詩織さん

まとめ:豆腐を“比べない”ことが、文化を守る入り口になる

工藤詩織さんの話は一貫していた。豆腐を評価せず、ランキングにしない。そのかわりに、文化の多様性や歴史の奥行き、作り手の誇りと、食べ手の生活をつなぐ。
派手な言葉よりも、豆腐のように静かな言葉で。

「豆腐は人生のパートナー」

その一言は、食材の好みを超えて、日々を支える“当たり前”を見直すメッセージにも聞こえた。町の豆腐屋が減る未来を前に、私たちは何を選び、どう関わり、どう残していけるのか。まずは今夜、いつもの冷ややっこを、少しだけ丁寧に味わってみたくなる。

(取材・文・編集:SOY Mag. 編集部 廣田 安將)

工藤 詩織

豆腐マイスター

幼少から豆中心の食生活を送り、豆腐がいつも暮らしの中心にある無類の豆腐好き。日本語教師を目指して勉強する過程で、食文化も一緒に伝えたいと「豆腐マイスター」資格を取得。各地で親子向けの手作り豆腐ワークショップやイベントなどを開催。全国の豆腐店や大豆生産者との交流を重ねながら、おいしい豆腐で人と人を繋ぐ活動を行っている。

メディア情報

・書籍名:『まいにち豆腐レシピ』
出版社:池田書店
出版年:2021年
概要:毎日の食卓に取り入れやすい豆腐レシピを多数掲載。豆腐の魅力を再発見できる一冊。

・2015年 日本テレビ『ヒルナンデス!』
・2016年 TBS『白熱ライブ ビビット』
・日本テレビ『ワケあり!レッドゾーン』
・TOKYO FM『高橋みなみの「これから、何する?」
・2018年TBS『マツコの知らない世界』「豆腐の世界」
・2021年TBS『マツコの知らない世界』「油揚げの世界」