大豆と暮らす

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2026/3/31

江戸時代の農書に学ぶ──「無の会」が継承する伝統の知恵とは

顔を上げると、遠く見渡す限りの山影。雑草を刈り終えた後のその瞬間が、好きだと大島さんは言った。福島県会津の山あいにある「無の会」の農園には、年間200人以上が訪れる。お米、大豆、そば、小麦が季節ごとに畑を彩り、収穫した大豆は豆腐や納豆に、冬には自家製の麹で味噌を仕込む。有機農業を実践する大島さんは、農学部を出た後、全国の農家を巡り歩いてここへたどり着いた。深い山あいの里に根を張るまでの道のりと、農業と伝統芸能という二つの"継承"を担う今の暮らしを、聞かせてもらった。

京都の居酒屋から、会津の山あいの農園へ

——農業を始めようと思ったきっかけから教えてください。

「正直、農業に興味があったのかよくわかんないんですよ(笑)。農学部で植物栽培を学んでいたんですけど、京都の大学に行きたかったというのが7割あって。でも植物の研究をすれば、増え続ける世界人口を養えるんじゃないかという気持ちもちゃんとあって」

——植物工場を見に行かれたんですよね。

「すごく効率的で、普通の農業より絶対儲かるんだろうなと思ったんです。でも、日本にはたくさんの空き地があって。空き地を活かして農業をやることが大事なんじゃないかなって思い直して」

——それで、農家を巡り始めたんですね。

「農業界全体が下り坂だなという感覚があって。沈みゆく船の上でいいことをしてもいいんだけど、大きな視点で物事を見ながら目の前のことに向き合っている人を探すようになっていました。そんな時期に就活が来て、たまたま居酒屋で隣に座った人に紹介されたのが無の会で」

——そんな偶然だったんですね。実際に行ってみてどうでしたか?

「代表のおじいちゃんがとにかく変な人で(笑)。お客さんが来るたびに「革命をしなきゃいけねえんだ」ってずっと喋り続けていて。でも、そのビジョンのもとでしっかり動く若者がいて、外から情報やお金を持ってくる人もいて。この3者が一緒にいて未来を作っている姿をみて、実感が湧いたんです。ここだと思いました」

効率が悪い場所にこそあるもの。年間200人を超える無來人(むらびと)たち

——会津のどんなところに魅力を感じましたか?

「白神山地の6倍ものブナ林が会津地域にあって、四方を国立公園に囲まれているんです。水も豊富で、何年もここにいると地形の影響でいい作物が取れることがわかってくる。ポテンシャルだらけの土地なんです。ちょっと都心からは遠いんですけどね。東京から気軽に来れる距離じゃないから、来る人がみんなどこかディープで(笑)」

——外部からの人も農業体験を中心に受け入れているんですよね。

「そうですね。親しみを込めて無來人(むらびと)と呼んでいるんですが、年間200人以上が来てくれています。効率が悪い場所だから、作業をいくらでも人に振れるんです。一緒にやろうって言いやすい。効率的になりきらない場所だからこそ、来た人ひとりひとりに役割が生まれやすいのかもしれないです」

——どんな方が来られるんですか?

「農家になりたいという人ももちろんいるんですが意外と少なくて、農業的な生き方に興味がある方が多いです。大学生や社会人なりたての20代が中心で。心が自由じゃない時に来る人も多い気がします。都会にいるとみんな同じような感じだから、なかなか気づかない自分のことに、ここに来ると気づくらしいです」

——口コミで広がっている感じですか?

「7割は口コミで、3割はオンラインで検索して来てくれる感じです。変化のタイミングでまた来るような、いつでも帰ってこれる場所として使ってくれている人も多いです。僕らが都会も田舎も両方知っているから、橋渡しができるというのもあるかもしれないです」

——継続的に関わってくれる方も多いんですか?

「定期的に来てくれる方もいて、年に2回は来るという人もいます。受け入れプログラムも今年で2年目になって、都会に住みながらリモートで農作業に関わってくれるメンバーも増えてきていて。変化のタイミングでまた来るみたいな、いつでも帰ってこれる場所として使ってくれている人が多いですね」

——私もいつも訪問するとお昼をごちそうになっていますが、ご飯がめちゃめちゃおいしくて食べすぎてしまいますが(笑)。みなさんで食事を囲むんですよね。

「夕食はメンバーみんなで一緒に食べます。自炊する設備がないメンバーもいるし、どうせみんなの分を作ればいいかって、当番制で回していて。ベースはみんなで食べる、でも外で食べたければそれも自由。そのくらいがちょうどいいんです」

会津農書が教えてくれた、土と人の知恵

——無の会では有機農業を実践されているとのことですが、どんなスタイルなんですか?

「お米を中心に、大豆、そば、小麦、野菜を合わせて60品目ほど育てています。お米は特にこだわっていて、2024年の「福、笑い食味コンテスト」では、香りの高さと旨味が評価されて、福島県農林水産部長賞をいただきました。全部有機栽培で、堆肥は地域の資源を使って自分たちで作っています。材料はできる限り地域で調達していて、土に炭素分を戻すことを大事にしています」

——堆肥の材料はどんなものを使っているんですか?

「カヤを中心に、ホタテの貝殻、もみがら、おから、油かす、炭類など、植物性の資材とミネラル資材を組み合わせて作っています」

——会津農書というものがあると伺いましたが、教えていただけますか?

「江戸時代に書かれた日本で2番目に古い農書で、堆肥の作り方や地域循環の考え方が細かく書いてあるんです。川の水のミネラル分を調べたりとか、現代でも全く色褪せない知恵が詰まっています。代表も最初は自然農をやろうとしていたものの、どうすればいいか全くわからなかった。そんな時に会津農書と出会って、書いてある内容に従って実践していったそうです」

——まさに伝統の知恵ですね。

「これを現代版にアレンジし直すのがいいんじゃないかと思っています。今は自然に寄り添う昔の考え方と現代科学の理論を融合させた農法を実践しています」

——自然に寄り添うというのは、具体的にどういうことですか?

「山があそこにあって、谷筋がこう来るから風がこう来るはずだから、ここは刈り残しておこうとか。どこまで自然に思いを馳せられるかが問われると思っていて。実は「無の会」という名前も、自然の理に乗った農業をしたいという代表の想いから来ているんです。やり方を決めすぎず、自然に思いを馳せながら向き合っていくということですね」

——有機農業で一番大変なことはなんですか?

「もう雑草ですね。全部雑草の話といっても過言じゃないくらい(笑)。夏は朝4時半から作業を始めて、昼は暑すぎて一度休んで、また夕方から同じことをする。短距離走じゃなくてスタミナが必要ですね。雑草をどうするかのために、播種のタイミングを工夫したり、麦を先に植えて倒してその上に大豆を植えたりと、いろんな方法を探求しています」

土から生まれたものを、仕込み、届ける

——収穫した大豆はどのように加工されているんですか?

「豆腐と揚げの製造は車で1時間半ほどのところにある豆腐屋さんにお願いしていて、納豆は近所の納豆屋さんに作ってもらっています。どちらも素材の味を引き出して下さる、素敵な職人さんです。」

——先日のイベントでも皆さん大好評でしたよね。大島さんの納豆、大粒でおいしくて。

「世の中の大豆って基本的に大粒なんですよ。納豆用に小粒の品種を開発しているから、スーパーの納豆が小粒なだけで。うちの大豆でやると大粒に見えるんです(笑)」

——味噌は自家製なんですよね。

「そうです。代表が麹室を作ってくれていて、自家製の麹で仕込んでいます。お米がうまく作れなかった頃から味噌が収入の柱だったらしくて、もう10年以上続けています」

——今後の展望はありますか?

「肥料の使用量をもっと減らしていきたいですね。経費や作業効率など、まだまだ改善できるところはあると思っています。ただ、規模拡大については悩みが尽きなくて。地域の方からも耕作の依頼が来るのですが、トラクターで行ける範囲の距離じゃないと難しい。また、僕らが愛用していた特定の農機メーカーが製造中止を発表したりと、安定して規模を広げていける環境を整えることが、今の一番の課題ですね」

笛を鳴らして踊る、継承

——農業のかたわら、会津に古くから伝わる獅子舞の継承にも関わっていると聞きました。

「町の広報を見ていたら獅子舞の継承者募集って書いてあって。若者がいなくて、おじいちゃんたちがどうにかしたいけどどうすればいいかわからない、そんな状況だったんです」

——どの地域でも聞く話ですよね。

「もともと笛を吹きたくて、師匠を探していたんです。ここに行ったら笛を教えてもらえるんじゃないかと思って行っただけなんですけど(笑)。最初は笛が吹ければ満足だったんですが、徐々にこの文化自体が面白いんだということに気づいていきました」

——それで、実際に獅子舞踊りをはじめられたと!さすがの行動力ですね。

「なんか役割を感じてやっている感じで。踊っている時は美しい体の動きをせざるを得なくて、身体感覚が磨かれるんです。笛も、太鼓も、普段使わないところが活性化されて、笛・太鼓・踊りの3つが揃った時の全体の調和というのは日常生活では絶対感じられない。もともとは五穀豊穣を願って、農民が9割の時代に生まれた芸能ですから、会社員が99%の今の時代にそのままではマッチしない。でもだからこそ、新しく意義を捉え直す面白さがあると思っています」

——確かに、伝統も現代にアレンジしていくことが重要ですね。

「農園にたまたま来てくれていた企業の方たちに声をかけたんです。おじいちゃんたちと引き合わせたら、お互いすごく盛り上がって。今年は埼玉の企業の社員さん10人が泊まり込みで練習しに来てくれています」

——外部の方まで巻き込んでしまうとはすごいですね!

「誰かほかにできる人がいればその人でもいいんですけど(笑)。伝統だからやらなきゃというマインドだけではなく、面白いと思う外の人も一緒に巻き込みながら継承していくモデルを作っていきたいと思っています」

雑草を刈り終えた畑から

——今日はたくさんお話しいただきありがとうございました。最後に、大島さんが会津で一番好きな場所や瞬間を教えてもらえますか。

「好きな景色は大岩観音ですね。森の中に巨石があって。農場の中だと堆肥場の裏の畑が好きで、雑草を刈り終えた後にふと顔を上げると博士山や磐梯山が見えるんです。その瞬間がいちばん好きですね」

(取材・文・編集:SOY Mag. 編集部 藤田 聡明)

自然農法 無の会

農業法人有限会社 自然農法無の会は、福島県会津美里町に位置する有機農業法人。2005年、会津の自然を守る運動に奔走した代表・児島徳夫が設立。無農薬・無化学肥料で約17haの水田でお米を、5haの畑で大豆、そば、小麦、野菜など60品目以上を栽培する。江戸時代に編纂された会津農書と現代科学を融合させた地域循環型の農法を研究・実践し、福島県内最大規模の有機農業法人として知られる。「中規模農家のロールモデルになる」「次の時代を担う人が集まる場になる」をミッションに掲げ、全国から若者が集う農園として注目されている。